GREYHOUND BUSに乗って

a0038862_12431380.jpg 数日前、ポストを覗くとカナダからエアメールが届いていた。差出人は、Mr. Roberto。

 2003年の11月半ば、1年ちょっと住んでいたフィリピンを船で出国し、東南アジアを旅した後、一旦日本に帰国し、2日だけ滞在して、それからすぐにアメリカに飛んだ。初めの2週間は、NYはハーレムに住んでいるアメリカ人の友人の家に滞在していたが、そこからバスに乗ってアメリカ大陸を横断し、メキシコに入るという旅をした。約2週間かけてアメリカ大陸を横断し、アメリカとの国境・メキシコのティファナに入った。そんな旅をした頃から、既に2年の月日が流れた訳だ。

 アメリカ大陸を横断する時に利用したバスは、GREYHOUND。アメリカ全土、カナダ、メキシコの一部を走っているバスだ。NYを出発し、フィラデルフィアで友人と再会し、その足でワシントンD.Cへ。そこからナイアガラの滝を見に行き、シカゴ、ソルトレイクシティ、ラスベガス、グランドキャニオン、サンフランシスコ、LAを通って、メキシコのティファナにたどり着いた。この行程を全てGREYHOUNDバスで移動した。

a0038862_13334.jpg Mr.RobertoはGREYHOUNDバスのドライバーだった。ナイアガラからNY州バッファローまでの区間を運転してくれた。

 バッファローに着き、当初調べていたシカゴ行きのバスの時間が違うのではないかと右往左往している所に、さっきのドライバーMr.Robertoが近づいて来て、一緒に受付まで行き、あーだこーだと世話を焼いてくれた。この世話の焼き振りに、なんだか所謂アメリカ人とは何か違うモノを感じた私は、事が一段落着いてから、名前を聞き、そして「何人なの?」と尋ねてみた。アジア的な顔ではあるが、チカーノに似た様な雰囲気もあるし見当が付かなかった。そして彼の答えは「フィリピン人!」。私は妙に納得した。アメリカ人が不親切だとは思わないが、一般的に「自分の事は自分でしなさい!」と言うのが基本なので、自分から申し出ない限り手を貸してくれる人は少ない。彼の様に、自ら世話を焼きたがる人は稀だが、彼がフィリピン人となれば話は別。世話を焼きたがる国民性は、1年ちょっと住んでみて十分に実感した。

 ハッキリと記憶していないが、マニラ周辺で生まれ育った彼は、若くしてアメリカに移住。既に30年近い歳月をアメリカで過ごしているという様な事を話してくれた。「あんな暑い国から、よくこんな寒い所にやって来たねー。」と私は言った。外は雪が降っている12月。初めて雪を見たフィリピン人のMr.Robertoはどんな感動を覚えただろう。「ねぇ、マンゴーを食べたくなるでしょ?」と、待合室でしばらく彼とフィリピンの話で盛り上がった。

 彼と過ごした時間はそれだけだ。住所を交換して、彼は次のバスに乗って出発した。

 旅を終え、2004年の3月上旬に帰国した私は、実家に帰ってMr.Robertoからの手紙を受け取った。それから、1年に1度、クリスマスにはカードを送る事にしている。

 手紙に「I 'm still driving for GREYHOUND Bus.」と書いてあった。フィリピン人らしい、ブロック体の丁寧な字で、1枚の便箋にビッシリと手紙を書いてくれていた。
 今は、カナダの大統領を決める選挙がまじかに控えているため、それを取材するテレビクルーのドライバーを特別にやっているが、終わったらいつものルート、トロントからバッファローのルートに戻るよと書いてあった。

 自国に仕事のないフィリピンは、出稼ぎのため多くのフィリピン人が海外を目指す。フィリピンは、出稼ぎ労働者の送金で国が成り立っているという現実を持つ。暑い国で生まれたフィリピン人の彼が、全く環境の違うこの国で、働き、子どもを育てていく事は容易ではなかったであろう。 
 私はやはり、彼らの持つたくましさに敬服する。
 そして人なつこさと世話焼きな国民性に思わず笑みがこぼれる。

 またいつか、GREYHOUNDバスに乗って、アメリカの国土の大きさに退屈しながら旅をしてみたい。

                                つばき
 

by bigcamellia814 | 2006-01-22 13:56 | viaje(旅)

<< 在神戸ジャマイカ名誉領事館 万年筆入れ >>