使い分け

 年賀レターを送った大学時代の男友達から久々に電話を貰った。
彼は開口一番、「お前は、最終的に何をしたいんだ?」と私に尋ねた。
彼はその言葉を、何度も繰り返し私に言った。
その語調は強く、なんだか私への不安が感じられるトーンだった。

 彼は私のブログをまめに読んでくれているそうだ。
私が何を目指し、どこに向かっているのか、あのブログでは見えてこないと彼は言う。
「もっとお前の生き方が見えてくるモノを書くべきじゃないか?」と。

 最初、「私は彼に説教されているのか?」と思った。
「最終的に何がしたいかなんて、わかって生きてる人間がこの世の中にどれだけいるんだよ?」
そう思った。それに、ブログを書く位置づけは様々で、この場においてのみ、私の全てを表現する訳じゃない。自分の知らない人の目にも触れるブログだからこそ、書ける事もあれば、書く事を限定する基準が必要だ。それに「私の生き方」をことさら主張したブログを書きたいと思った事はない。

 「お前は、最終的に何をしたいんだ?」とあまりに繰り返し尋ねるので、「心外だ!」と私はハッキリ言った。私の人生に、勝手に不安になるなんて、なんて失礼なんだろうってね。

 その後で彼は、「寂しい」と言った。
大学時代の様に、私達はもう近い距離には居ない。
同じ時間と体験を共有する機会はほとんどない。
彼が不安だったのは、私の人生そのものに対してではない。
私の事を知る距離にいない事への彼自身の不安だ。
私が見ているモノ、体験、考え、感じているそれらの事を、知る事の出来る身近な距離に今自分は居ないという事に対して、彼は「寂しい」と言っているのだろう。

 「寂しい」という正直な彼の言葉を聞いて、私も思い直した。
あぁ、彼は私の事をずいぶん気にしてくれているのだなぁと。
「遠くからでもなぁ、俺はお前の事応援してるぞ!」と繰り返し言われて、自然と涙が流れた。
その言い方があまりにも力強くて、安心して涙が出た。
「お前が頑張ってるって分かったら、俺も負けていられない!」と言う彼。
彼に対し勝ち負けなんて考えた事、一度もないが、今でも私の存在が彼に刺激を与えているのだとしたら悪い気はしない。
自然と流れた涙も、途中から嗚咽に変わった。
久々の号泣。

 しかし、こんなに感動した後になんなのだが、冷静になってからもう一度考えた。
結婚している彼は、自分の妻にも「お前は、最終的に何をしたいんだ?」と尋ねるだろうか?
私に答えを迫った様な強い口調で、自分の妻にも尋ねるだろうか?と。
どう思う?
私の勝手な答えはNO!
臭覚が利く男達なら、この言葉を自分の妻に向かって発する事の危険を察知するだろう。
一人の人間としての生き方、立ち居地を要求するこの言葉。
それを自分の妻に言うことは時として危険だ。
時として2人の間に揺らぎが生じても仕方ない。

 これは一般的な話。
妻になった女に、夫や社会は一人の人間として生きる事を求めなくなる。
もしくは、妻になった女達から一人の人間として生きる事そのものを奪う。

ごめんなさい!はっきり言わせて貰います!
それこそが「日本の男ってねぇ・・・」なんてボヤかれる時のしょぼさの所以だと思います。

私に聞く前に、自分の妻に聞いてみろ!
「お前は最終的に何がしたいのか」、私に迫った様に尋ねてみなよ!

                                つばき

by bigcamellia814 | 2006-01-19 02:19 | TSUBAKIng Times

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