それ、笑えない!

 数日前、午前中ゆったりと出勤出来る日だった事もあり、何とはなしに『はなまるカフェ』を見た。その日のゲストは、あややこと松浦亜弥の物真似で有名な芸人・前田健が登場していた。最近、ゲイであることをカムアウトした彼。家族や友人には10年以上も前に話をし理解を得ていたし、仕事関係者にも話していたので、今回のカムアウトはさほど特別な事ではなかった様だ。4年間、NYで働きながらダンスや踊りを学んだ彼は、そこで自分らしく生きる同性愛者達に出会い、また「表現者」として生きる決断をしていた彼は、自分の大事な部分を偽らずに生きていこうと決め、家族や友人にも話したそうだ。
 ゲイである事をカムアウトしている芸能人がテレビに出ると色物として扱われがちだが、この日のはなまるカフェは、インタビューの仕方も興味本位な感じがなく、非常に自然で、何よりも前田健の普通に堂々としている感じが良かった。テレビの中では、おねえ言葉を話したり、しなを作るゲイの芸能人が持ち上げられるが、この日登場した前田健は、普通の服装で登場し、おねえ言葉を話す訳でもなく、しなを作る訳でもなかった。普通にそこにいそうな青年。誤解している人も居るかも知れないけど、ゲイの皆が皆、華美な服装をしている訳でもなければ、レイザーラモンHGみたいなあんな格好をしている訳でもないし、おねえ言葉を話す訳でもなければ、しなを作りながら歩いたりする訳でもない。多くのゲイは、この日の前田健みたいにどこにでも居そうな感じだ。そして、きっと、その通り、私達の身近な場所に彼らの存在は確実にある。

 テレビ等で、人を揶揄する時「オカマ!」と言ったり、なかなか結婚出来ない中年男性の芸能人に対し「本当はコレなんじゃないの?」としなを作るポーズをし、「実は男が好きなんでしょ?」と言わんとするシーンを見ると、私、完全にシラける!
何それ?全然面白くない!
それ、笑えない!
いつまで、そんなやり方でしょぼい笑いを取ろうとしてんだよ!と不愉快になる。
もう、分かってる。そこらじゅうに溢れてて、別に多くの人は気にしてないって事も。
笑えない私は、そこで笑える理由が分からないし、笑いが取れると思っている感覚も理解出来ない。だって、何が面白いか分からない。

 仕事の関係で、あるキャンプの企画をしている青年と話していた時の事。企画のひとつとして、女装コンテストをすると聞いて、私、間髪入れずに、「そういう企画が何で面白いと思うのか私にはよく分からない。」「何を面白い!と思ってその企画をするの?」とちょっぴり詰め寄った。彼が言葉に窮していたため、別の男性が「気持ち悪さが面白いんじゃない?」と代弁した。女装コンテスト自体を非難する訳ではない。でも、それを「面白い!」と思わされる何かに、私達は注意深くある必要があると私は思う。

 ある番組でピーコが、「おねえキャラの芸能人が増えている事についてどう思うか?」と質問され、言葉の細部まで覚えてはいないのだが、非常に淡々と「そういうのを面白いと思わなくなる様になるといいよね。」という様な事を言っていて、非常に共感した。

 公共の電波を使って、「この、チョーセン!」とか「エタ!(被差別部落出身者に使われる言葉。「士農工商エタ非人」のそれです。」と他者を揶揄した場合、絶対放送コードに引っかかるはずだ。しかし、なぜ「オカマ」と揶揄する事にはこんなにも寛大なんだろう?そして、笑う事を許されているんだろう。笑いを取るために言っても許されるんだろう?なぜ、セクシュアルマイノリティを揶揄する言葉は許されるの?人を揶揄するという安直な笑いに甘んじているなんて、笑いに対する探究心に誠実さを感じない。
 テレビの前で、「あぁ、自分もあんな風に言われるのかも知れない。」と不安になっている人は確実にいる。

 しかし、電波の中では今日も垂れ流し。そんな場面を偶然目にしてしまった時は、「それ、笑えない!」と言葉にする。一緒に見ている人が居るなら、なおさらハッキリと「それ、笑えない!」と言葉にしてみる。小さな抵抗。でも、抵抗し続けたい。

                           つばき

by bigcamellia814 | 2005-11-17 00:15 | TSUBAKIng Times

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