ただ聞いてもらうだけで・・・

a0038862_22112840.jpg 私に任されている業務のひとつに、全国各地から送られてくるミニコミの整理という作業がある。私の職場は、地域で暮らす高齢者・障害者を支援するNPOなので、主に同じ様な活動を行なっている団体から送られてくる物がほとんどだ。外回りが続き、数日事務所を留守にしていると、私の机の上はすぐにミニコミの山になる。台風接近中の今日、久しぶりに丸一日事務所勤務。まぁ、いい加減整理するかと、封を開き、ひとつずつ簡単に目を通す。そこで、目に留まったある意見。

 労働組合のミニコミに連載されていた『ヘルパーのお仕事』という、現役ヘルパーさんのコラム。うちの職場も、ヘルパー派遣という形で高齢者や障害を持つ方々の生活を支援しているので、現場で活躍するヘルパーさんの声は気になるところだ。

 このコラムの書き手であるAさんは、施設勤務の経験もあるヘルパーさん。現在、介護保険制度を利用されている高齢者を対象に活動を行なっている様だ。彼女が「最も精神的な苦痛」だと感じているのは、利用者の『話し相手』になる事。「普段、話し相手もいなく、話したいことが蓄積しているのでしょう。」「お客様にしてみると、ヘルパーが自分の話を文句一つ言わないで、黙って聞いてくれるお友達なのです。」と理解を示しながらも、「はっきり言って、どんな重度の方の介護より、苦痛です。」「はっきり言って、疲れます。」とその大変さを露にしていた。

 読み終わって、「まぁ、話を聞く事そのものが仕事だからね。」と思いつつも、「あぁ、その気持ちよくわかる・・・」と共感する私。想像してみて欲しい、一方的に相手の話を聞くだけと言うのは実に疲れる。業務には明記されないが、利用者さんの「話を聞く」「気持ちに耳を傾ける」と言うのは、ヘルパーなら必然的に要求される最も基本的な姿勢だ。喋りたがりの私だからこそ、仕事の時は意識的に「聞き手に徹する」様心がける。利用者さんのお話に耳を傾けるのは重要な仕事のひとつだと理解しているので、聞き手として立つという事をある程度決断してお宅に訪問する。しかし在宅介護の難しさは、当事者との関係性だけに止まらず、その家族ともどう関係性を作っていくかにあると最近つくづく実感している。当事者を支援する事は、その結果、その家族の介護負担や精神的負担を軽減する事にも繋がっていく。より良いサービスを提供していくためにも、家族との連携は必要だ。しかし正直なところ、当事者のお話だけならまだしも、それに加え家族のお話を一方的に聞く事になった時は、時間と共に自分の受容する姿勢に限界が訪れるのがよくわかる。話を聞き続けるのにも限界があるのだ。仕事なので、自分の気持ちも聞いて欲しい!とは思わない。相手の話も聞けない程に切迫した状況がそこにある事を察する。寝たきりの高齢者や障害者を抱えた家族が、持って行き場のない気持ちを抱えながら頑張っている事もわかる、だからこそ出来るだけ耳を傾け様と努力するのだが、その後、時折ドット疲れが出るのも事実だ。

 「ヘルパーを介護ヘルパーだと思っていないお客様、お手伝いさんやお友達感覚を要求される方は多いです。 介護保険は保険です。その制度を理解して欲しいと思います。」と文章を締めくくるAさん。そんなにビジネスライクにいかないのがこの仕事。介護を受ける人の多くが、限られた世界と限られた人間関係の中で生きている。自分の話を聞いてくれる人が、そう何人も自分の周りに居る訳でもない。だからこそ、ヘルパーに気持ちを聞いて欲しくて語るのだろうが、聞き手に徹すると言うのは、なかなかの重労働だ。

 ただ、ただ話を聞いてもらう・・・人はそれだけで随分心が軽くなって元気になる。話す内容は、愚痴かもしれない、人の悪口かもしれない、脈略がないかもしれない、同じ事を繰り返し話すかもしれないし、時には怒ったり泣き出したりするかもしれない。でも、そのまんまを受け入れられた時、少しだけ気持ちが楽になるのだろう。問題は解決されぬままかもしれないが、話す相手がいる=孤独ではないと実感することで、人は安心する。

 無理をしない程度に、よい聞き手でいよう。そして、聞き手でいる仕事だからこそ、自分のそのまんまの感情を聞いてもらえる人達を、自分の周りにたくさん持っておこう。気持ちを丁寧に聞き合える関係を育てておこう。

                 つばき

by bigcamellia814 | 2005-09-05 23:43 | TSUBAKIng Times

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