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清々しく、笑う〜7・16 「さようなら原発17万人集会」

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(2012年7月17日発行 しんぶん赤旗 16面)

 7月16日
「原発のない社会で暮らしたい」そう願う人たちが、
代々木公園に17万人も集まった。

 私たちも「脱原発」と書いたうちわを持って、浴衣姿で参加。

 7月17日、しんぶん赤旗に私たちの写真が掲載されていた。
いい顔で写してくれた写真。
友達2人の清々しい笑顔。

 とんでもない時代を生きる、選択肢のない覚悟の中で、
とにかく笑う。
清々しく、笑う。

   つばき

by bigcamellia814 | 2012-07-28 21:33 | TSUBAKIng Times

情熱の継承

 2004年、1年半の海外滞在を終え、帰国。
神戸に住み始めた。人生で最もお金が無かった時のこと。
そんな時、私を雇ってくれたNPOの専務理事が亡くなられ、葬儀に出席してきた。

 私は人生で初めて、その職場で「正職員」として採用され、
遅咲きながら、いわゆる「就職」を果たした。
収入を得るようになり、貯金数万円の生活から脱出。
徐々に生活を軌道に乗せた。
本当にお金がなかったから、
初任給が出た時は、今までの節約生活の憂さを晴らすかのように、
ハーゲンダッツを全種類オトナ買いし、友達に振舞った。

 新しい土地で、新たな人間関係も生まれた。
職場の人たちは、公私を越えて、私や葵の生活を支えてくれた。
「障害のあるルームメイトとの暮らしを大事にしながら暮らせれる、そういう働き方をしたい」という私の言い分を理解してくれたのは、
そこが地域で暮らす障害者を支援するNPOだったからだろう。
エレベーターが止まって、葵が階下に降りれなくなった時、
職場のみんなが救出に来てくれた。それも1度や2度じゃない。

 仕事では、長田を中心に、地域で暮らす障害者の介助に携わった。
障害のある子どもたちの放課後、長期休暇中の預かりにも携わった。
生活とはこんな風にドロくさく、ままならないのだということを、五感の全てを使って実感させられた。この街で生きる障害者の生活そのものに関っていくことを通して、この街が、新たな私の街として根付いていった。

 この街で暮らしていくために必要な基盤を、私に与えてくれた職場だった。

 1年半働いて、私はその職場を退職し、転職した。
亡くなった専務理事は、退職直前の私を飲みに誘い、彼が書いた本をプレゼントしてくれ、私に期待していた気持ちを明かしながら、しかし気持ちよく送り出してくれた。

 彼は、若い頃から、障害者が当たり前に地域で暮らす社会を目指し、運動してきた活動家だった。1994年1月17日、阪神淡路大震災が起った後、彼は今まで培った経験とネットワークをフルに活かし、被災した障害者の救援活動の拠点を作った。そこが後に私が勤めることになるNPOの前身だ。

 葬儀には、震災ボランティアとして神戸にやって来て、そのままこの土地に根付き、その後NPOで働いていた元同僚や、多くの障害者たちが出席していた。阪神淡路大震災を共に生き延び、共に再生の道を築いてきた同志たちが式場には集っていた。お焼香の時、電動車いすの方々がズラリと列を作った様子はとても象徴的だった。

 葬儀場に向かうタクシーの中で、友人が昨夜のお通夜の話をしていた。
「昨日なぁ、Fさん(脳性まひの男性、亡くなった彼の同志)お通夜に来てな、お棺蹴ってたんで」と言う。それを聞いていた別の男性が、「付随運動ちゃうんかぁ?」とすかさず、さらりと「障害者あるある」ネタで切り返す様子に、悲しいのに何だか笑えてくる。Fさんはわざと蹴ったのかもしれないし、単なる付随運動だったかもしれないけど、どっちにしろ、「アホかっ!お前!はよ、死にすぎやっ!」と思ったことに間違いはないだろう。
 Sさんという重度の障害者も、棺の中に居る彼に向かって、「障害者の俺より先に死ぬな!」と怒っていたそうだ。
 二人とも、「兵庫青い芝の会」のメンバーとして、亡くなった彼と共に、障害者が地域で暮らせる社会を目指し闘ってきた同志だった。

 日本脳性マヒ者協会 全国青い芝の会の5つ行動綱領は、今もってすごい迫力で迫ってくる。

一、我らは、自らが脳性マヒ者であることを自覚する。
一、我らは、強烈な自己主張を行なう。
一、我らは、愛と正義を否定する。
一、我らは、健全者文明を否定する。
一、我らは、問題解決の路を選ばない。

 一、我らは、問題解決の路を選ばない、の後にはこんな言葉が続いている。
『私たち脳性マヒ者は、自己主張することなく簡単に問題を解決しようとすることが、私たちの置かれている社会的立場を容認する危険な妥協への出発であることを身をもって知ってきた』
冒頭の「私たち脳性マヒ者は」の部分を、「私たち有期雇用労働者は」と置き換えて、この言葉を私は自分の血肉にする。

 「青い芝の会」の闘いを体験した人が、またひとり逝った。
闘いの歴史を、その渦中にいた人たちから、直接聞ける場所にいた自分の環境を、改めて恵まれていたのだと感じている。そして、もうバトンを渡される年齢になってきたのだと、たじろぐ。阪神淡路大震災後、彼らが障害者の救援拠点を作った頃の年齢に、私たちも近づきつつある。「私たちに、あんなこと出来るやろか?」と友達と顔を見合わせつぶやき、しかし、小さく覚悟を決める。

 さて、良いことばかり書いたが、実のところ、飲んだくれで、ヘビースモーカーで、いかにも昔の活動家って感じのオヤジで、若い人からうっとうしがられていた彼。でも、ダメな部分も隠すことなく、大の大人の男が生きてる様が、私にはオモシロかったんだなぁ。

 ありがとう。
あなたの情熱は、みんなで分担して引き継ぎます。

      つばき

by bigcamellia814 | 2012-07-11 01:05 | TSUBAKIng Times

パネル展『南京・閉ざされた記憶展2012』

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 7月20日(金)~22日(日)の3日間、エルおおさか9Fギャラリーで開催される『南京・閉ざされた記憶展2012 -南京をみつめることは、今の日本を問い直すこと-』にお誘いいただきました。主催者の方に、「ぜひ、若い方々にも見に来ていただきたいのです」と言われ、このブログを読んで下さっている方の何人かでも関心を持っていただければと思い、ご紹介します。

 南京大虐殺について、決して詳しいわけではない自分。
会場に足を運んでみようと思います。

 大阪は、戦争が出来る社会に傾いている。
戦争に駆り出される人材予備軍を作ろうとしている。
その下準備が着々と進んでいます。
そんなことを実感している今、過去の戦争について、あらためて学ぼうと思います。

 そして、長い間、活動され続けてきた先輩達の思いに触れることも、私にとってはとても貴重な時間だと思うのです。

 よかったら、みなさんもぜひ。

 
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        南京・閉ざされた記憶展2012
   -南京をみつめることは、今の日本を問い直すこと-
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 私たち南京大虐殺60カ年大阪実行委員会は、「南京大虐殺はなかった」との妄言が幾度も繰り返される世情を憂慮し、二度と同じ過ちを犯すことのないように、2002年、南京大虐殺60カ年全国連絡会の協力を得て、南京大虐殺の歴史を語るA1サイズ58枚のパネルを作成しました。
 10年後の今年、又もや公人の口から妄言が飛び出し、強く抗議すると共に、改めて歴史の真実に向き合うことの大切さを痛感しています。
 南京を原点として見えてくる歴史の真実に向き合うため、「慰安婦」問題・教科書問題に取り組む二つのグループの協力を得て、ここに「南京・閉ざされた記憶展2012」を開催いたします。
 みなさま、ぜひご来場ください。

日時 2012年7月20日(金)~22日(日)
   10:00~19:00(最終日15:00まで)
会場 エル・おおさか 9Fギャラリー1・2
(地下鉄・京阪「天満橋」駅下車 西へ徒歩10分)

展示内容
  ○南京大虐殺
  ○現代の戦時性暴力
  ○教科書で見る歴史歪曲
▽ミニシアター・南京ボランティア報告あります

入場無料

主催 南京大虐殺60カ年大阪実行委員会
協力 日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワーク
   子どもたちに渡すな!あぶない教科書 大阪の会
連絡先 TEL 080-3822-0404 FAX 06-7635-5711
    E-MAIL nankin26@gmail.com

    ◆◆賛同のお願い◆◆
本パネル展はみなさんの賛同金で運営されます。ご協力お願いします。
一口 個人500円 団体1000円
郵便振替:00960-2-125282 加入者名:南京60カ年・大阪
※通信乱に「パネル展賛同金」「名前の公表 可不可」をご記入ください。

  ▼▼ボランティアのお願い▼▼
当日のボランティアを募集します。企画の趣旨に賛同し、会場でお手伝いをしてくれる方はご連絡ください。
その際、①お名前、②電話番号、③メールアドレス、④手伝える日時(19日~22日の日中3時間以上)をお知らせください。

by bigcamellia814 | 2012-07-05 17:02 | お知らせ

「労働者協同組合おといねっぷ」の脱原発ストラップ

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 所属している労働組合が、オリジナル脱原発ストラップを作りました。
国労音威子府闘争団「労働者協同組合おといねっぷ」で制作された、樹の温かみを感じる木製の「脱原発ストラップ」です。ちょっと、かわいいよね。アキちゃんのこけ子と一緒に、財布に付けています。

 国労音威子府闘争団「労働者協同組合おといねっぷ」は、1987年、国鉄により解雇された国労組合員によって1991年6月に設立しました。解雇された当初は、東京などにアルバイトに行っていた組合員も、バブル崩壊と共にアルバイト探しも深刻になり、何とか地元で働き続け、闘い続けられないかということで、自分達で仕事を作ろうと設立されました。地元のものを活用できるようにということで、主に木工品と羊羹づくりに取り組み始めました。

 このストラップは、長い長い国鉄闘争を乗り越えて来た、そういう人達が手作りした作品です。

 「労働者協同組合」で思い出したのは、イタリア映画の「人生ここにあり」。
心に病を抱える人達と共に、寄せ木張りを仕事にする協同組合を作る主人公は、労働組合を追い出された熱血男。端々に、労働組合員らしいハートを感じるところも、この映画の魅力だなぁと思います。



 脱原発運動の流れの中で、
労働組合が労働組合の立場を明らかにして、「脱原発」を訴えることは、
とても大事なことだと私は思っています。
この硬直した状況に風穴を開けるために、
労働組合だからこそ出来ることが私は確実にあると思っているからです。

 その話は、また今度。

 このストラップ、欲しい方は私に連絡下さい。
裏は組合の名前が入ってますけどねっ!

by bigcamellia814 | 2012-07-03 18:59 | 労働問題

その恐怖を聞かせてくれ

 昨日(2012年7月1日)、大飯原発が再稼動した。
当日、現地入りした牧野経済三行副大臣は、こう語った。
「賛否両論があるなかだったので、緊張感を持って原子炉の起動を受け止めた。ただ、日本の現実や将来を考えたとき、大飯原発の再稼働は避けて通ることができない。その一歩が踏み出せたと思う」


 6月8日、野田首相は再稼動をこう宣言した。
「国民生活を守ることの第2の意味、それは計画停電や電力料金の大幅な高騰といった日常生活への悪影響をできるだけ避けるということであります。豊かで人間らしい暮らしを送るために、安価で安定した電気の存在は欠かせません。これまで、全体の約3割の電力供給を担ってきた原子力発電を今、止めてしまっては、あるいは止めたままであっては、日本の社会は立ち行きません」


 昨年3月、震災直後、福島県災害対策本部を訪れ、佐藤雄平・福島県知事と会談後、石原慎太郎は、
「私は原発推進論者です、今でも。日本のような資源のない国で原発を欠かしてしまったら経済は立っていかないと思う」と報道陣に語った。
 その後、
「人間だけが持つ英知の所産である原子力の活用を一度の事故で否定するのは、一見理念的なことに見えるが実はひ弱なセンチメントに駆られた野蛮な行為でしかありはしない」
とも語った。


 読売新聞のナベツネは、文藝春秋に、
「何らかの理由でエネルギーの供給が止まれば、その瞬間、日本は滅びる。だから読売新聞は原発再稼動を訴え続けているのである」と書き記していた。


 原発事故により、多くの人々の命が奪われる恐怖以上に、恐い何かがあるのだろう。恐怖に支配された身体は、正しく思考しない。そして、自ら孤立し暴走する。大飯原発再稼動はその良い例だ。

 おっさんたちは、いったい何に脅かされ、何に怯えているのだろう?
経団連か?
それともアメリカか?
発展に限界があることを目の当たりにすることの恐怖か?

 私、ホンマに、あんたたちみたいな手間だけかかって、エラソーなおっさん大嫌いやけど、一度、あんたたちの恐怖、聞いたる!何がそんなに怖いんか、何に怯えてんのか、話聞いたる!

 今のあんたたちは、恐怖に身体が蝕まれて、
そこを見つめる勇気もないから暴走する。

 話を聞く準備は出来ている。
その恐怖を聞かせてくれ。

    つばき

by bigcamellia814 | 2012-07-03 00:56 | TSUBAKIng Times