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覚悟して観る 〜キム・ギドク監督と『嘆きのピエタ』〜

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 2月22日、別府を訪れた。
別府八湯日韓次世代映画祭に、あのキム・ギドク監督がやって来ると言う。
彼に一目会いたい、ただそれだけの思いで、別府を目指した。

 キム・ギドク監督は、昨年9月、第69回ヴェネチア国際映画祭で、最高の栄誉である金獅子賞を受賞した。その授賞式の場で、彼は「アリラン」を歌った。そのニュースを、横浜のゲストハウスのTVで知った私は、「良かったね、良かったね」と呟きながら、涙が出た。

 オダギリジョーが出演した「悲夢」以降、
彼は3年間、映画を撮ることが出来ず、山に篭って暮らしていた。 
自らその様子を写した「アリラン」は、私にとって衝撃的な映画だった。
私が彼の作品のファンだからかもしれない。
冒頭から、涙が止まらなかった。
けれども、それを差し引いたとしても、
自らを追い詰め、問い続け、
恐怖に震える我が身を、私たちの前に全て曝け出したキム・ギドク監督の覚悟に、
心を打たれる人は多いだろう。

 その映画のラスト、キム・ギドク監督は「アリラン」を歌う。
今まで、いろんな人が「アリラン」を歌うのを聞いたけれど、
あれほど、人間臭い「アリラン」を聞いたことは他にはない。

 そして、その延長線に、
ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞し、
再び「アリラン」を歌うキム・ギドク監督の姿があった。

 泣けるだろう。
ファンならなおさら、泣けるだろう。


 「嘆きのピエタ」上映を前に、キム・ギドク監督は私たちにこう語った。
「この映画の中には、見るのが辛いシーンもあります。
どうぞ覚悟して見てください。
覚悟して見て、生きていくということはどういうことなのかという意味を、
メッセージとして受け取ってください」と。

 ここでは映画の内容には触れない。
これから「嘆きのピエタ」を観る多くの人たちにために、
自分の欲望は留めるのがふさわしいと思うからだ。

 それと同時に、この心の痛みを言葉にするには、
随分と時間が必要だろう。

 「どうぞ覚悟して見てください」の言葉の重みを、
私は、日増しに感じている。
彼のこの言葉は、単に、残忍なシーンが出てくることだけを指しているのではない。

 「嘆きのピエタ」は決して、観るに楽な映画ではない。
映画を見終わってからも、しばらくは、この痛みと向き合い、付き合うのだ。
残念ながら、観てしまった以上、ここから逃げられない。
彼が言った覚悟とは、こういう事だったのかと、
私は、日を追うごとに、彼の発したこの言葉の意味を、じっくりと味わっている。

 
 挨拶が終わり、会場を立ち去ろうとするキム・ギドク監督を、
私は追っかけて行って握手を求めた。
こう見えて、案外私、そういうことは出来ないのに、
「このチャンスだけは逃してはいけない」と追っかけた。

 何か言おうと思ったけれど、咄嗟のことに何も言葉が出ず、
「キム・ギドクさん・・・」と言って、手を差し出しただけだった。
何か、気の利いたこと言えよ、私。
ハングルがダメでも、「とにかく、あなたの作品が大好きです」とか伝えろよ、私。

 しかし、握り返してくれたキム・ギドク監督の手は、
予想に反して、ふわふわとした優しい手だった。
「あぁ、この手で、あの脚本を書くのか!
この手で、あの映像を撮るのか!
うわぁ〜!うわぁ〜!うわぁぁぁぁぁぁ〜!」と心の中で震えながら叫んだ。
嬉しい、私。
また1人、会いたい人に会うことが出来た。

 以下は、観客動員数50万人を超えた「嘆きのピエタ」を、公開第4週で上映を終了したキム・ギドク監督が、私たち観客に宛てたメッセージ。感動します。ぜひ、彼のたたかいを読んでください。

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(私の目の先にはキム・ギドク・・・・)
 
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

『ピエタ』の観客の皆さんへ感謝のメッセージ

至らぬところの多い映画「ピエタ」が今週末、観客動員数50万人を超えました。僕には50万人ではなく、500万人の観客を動員したも同然です。

20代から70代のお年寄りの方まで、皆さんが「ピエタ」を見てくださいました。

娯楽映画でも、商業映画でも、コメディ映画でもない「ピエタ」を50万人の観客が見てくれたという事実は、僕個人の価値よりも韓国を映画文化の先進国にしていく上で重要な価値だと思います。

僕が外国に行って一番うらやましいと思ったのは、20代から70代までの人が同じ映画を見て、映画館の前であらゆる世代の人々が自由にその映画について議論する姿でしたが、「ピエタ」によって、そのような時代が来たと思います。

この前、「ピエタ」がヴェネチア国際映画祭で受賞し、記者会見でメジャー映画の映画館独占と交差上映に関する問題と、クリエイター優先の制作環境にすべきという問題を提起しました。

しかし、いまだにシネマ・コンプレックスのスクリーンを1~2本の映画が独占しており、同時代を生きる映画人たちが作った小さな映画が上映の機会を得ることもできず、評価もされずに埋もれています。

また、クリエイターの領域が狭くなり、投資家の考えが中心となって監督が交代させられ、彼らによってかつて成功した外国映画が正体不明の奇妙な韓国映画に変身し、映画館を掌握しています。

その映画が、韓国の数多くの映画学校の映画人たちが汗を流し、勉強して作りたかった、新鮮で健康的な韓国映画だと、堂々とそう言える創作物なのかを振り返るべき時です。

ここ10年の間に独創的な映画的挑戦と成果はほとんど失われ、投資会社の社員たちが注文する、どこかで見たような映画が、誇りもなく、観客数と収益という価値だけで評価されています。100年先を見据えなければならない映画産業が、目先の利益を追い、絶壁に向かって走っています。

メジャーはお金にならなければ、映画館を壊してほかの産業をすればそれでいいですが、その過程で犠牲になったクリエイターと撤退した観客には誰が責任を負いますか?

今、この瞬間にも映画館で上映されることを祈り、クリエイターとして血を吐きながら映画を作る多くの映画人がいます。

これまで多くの映画が、記録更新のためやわずかな収益のために、シェアが少なくても映画館を手放さず、無理をして確保していました。

僕は、映画館独占に対する問題を提起した当事者として、9月6日に公開された「ピエタ」の上映終了を配給会社と話し合い、公開第4週の28日目を最後に、10月3日すべての劇場からきれいさっぱり撤退します。そして、チャンスに恵まれない小さな映画に上映の機会が与えられることを心より希望しています。

健全な韓国映画の未来を期待する観客の方々と、「ピエタ」をご覧いただいた方々に心から感謝を申し上げます。

2012年9月24日 監督キム・ギドク


一緒にキム・ギドクに会いに行った友達のブログ:「アリラン」

by bigcamellia814 | 2013-02-25 21:32 | cine(映画)

それでも、一緒に生きていたい。

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 友達が自ら命を経って、2年になる。
2年前の寒いこの時期、彼は自ら命を絶った。
遺書の最後には、こう書いてあった。
「この病気と、それから、セクシャルマイノリティへの理解がもっともっと深まりますことを祈ります。 」と。

 彼はゲイで、長い間うつ病を患い、生活保護を受けながら暮らしていた。
亡くなる間際まで、私の雇い止め解雇争議の支援を仲間たちに呼びかけてくれていた。自分がしんどいにもかかわらず、私のことを思ってくれていたのだ。

 先日、近くの映画館で2本立てのイタリア映画を観た。
「人生、ここにあり!」という映画の舞台は、精神病院が次々に閉鎖されたイタリアだ。
精神病院から出された元患者たちで作られたある協同組合では、床はりを自分たちの仕事とすることをみんなで決める。数々の失敗を繰り返しながらも、投薬の量を減らし、仕事を持ち、お金を稼ぎ、会議を開き自分たちで方向性を決定していく過程で、1人1人に大きな変化が起きてくる。

 映画を観ながら、亡くなった友人のことを思い出していた。

 亡くなってから、彼が生活保護を受けていたことを初めて知った友人もいた。
必ずしも言う必要があることではないけれど、言えない苦しみが彼にはあったと思う。うつ病により仕事が出来ないこと、仕事がないこと、その状況は、彼の自尊心に深く影響を与えたのではないかと想像する。もう想像するしか出来ないので、私の勝手な想像もひとまず許してほしい。

 仕事をしているか、していないか、稼いでいるか、稼いでいないかで、人の価値にランキングが付くのは間違いだが、現実はその事実に翻弄される。自尊心を保つ上で、それらが大きく私たちの心を左右することは否めない。提供した労働力が、賃金となって自分の手元にやってくる。そのわかりやすさに、安心するのも事実だ。友人は、それらのプレッシャーとどれほどたたかい続けただろうか。

 映画の中で、精神病を患った人々が、それぞれ自分の得意分野で仕事をし、お金を手にし、そのお金で好きな物を買い、デートをし、好きな人に何をプレゼントしようかと生き生きとし始める様子を観た時、働くことがその人の自尊心に与える大きさを感じた。食べていくための金銭を得るだけではない何かを、人々は仕事に求めている。

 何も知らずに観たが、もう一本の映画「あしたのパスタはアルデンテ」は、ゲイの兄弟とその家族を取り巻くお話だった。老舗パスタ屋をどちらが継ぐかで、家族は大騒動。
 そう言えば、亡くなった友人も、長男であったこと、息子は自分ひとりだったことが、家族にカミングアウト出来ない大きなプレッシャーになっていた。やっぱり、ここでも彼のことを考える。

 偶然にも、彼のことを思い出しに映画館に向かったような日だった。

 私は4人の友人を自死により失っているが、そのうちの2人はゲイで、もうひとりはレズビアンの友人だった。自死の原因はセクシュアリティの問題だけではないだろう。しかし、セクシュアルマイノリティだからこそ、生きづらさを抱えていたのは誤魔化しようのない事実だ。

 私はもう、失いたくない。
とりわけ、自死という死に方で、これ以上友達を失いたくない。
生きづらい社会だけど、それでも、一緒に生きていたい。

      つばき

by bigcamellia814 | 2012-01-26 02:08 | cine(映画)

『オカンの嫁入り』を観て、私が考えたこと

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 ご近所映画館パルしんで2本立て映画を観てきました。

 そのうち1本は、宮崎あおいちゃんと大竹しのぶの「オカンの嫁入り」。
いい映画だったよ。
大竹しのぶってダメ母させると、なんであんなにカワイイんだろう。

 宮崎あおいちゃん演じる月子は、
同じ職場で働く男性社員にストーカー行為をされ、
駅の駐輪場で暴力を振るわれる。
怪我も治り、そろそろ出勤という頃、上司から電話。
彼女に暴力を振るった男性社員も、謹慎がとけて明日から出勤するという。
上司は暗に月子に会社を辞めるように薦める。
しかし「そういうの大丈夫ですから。」と言って翌日月子は駅に向かうが、
到着した電車に乗ることが出来なかった。
月子は仕事を辞め、トラウマのため電車に乗ることも出来なくなった。

 このシーンを見た時、私が考えたこと。
「あぁ、これって労働組合に相談してくれたら解決出来るよなぁ。」
労働組合に相談するという選択肢をはなから持っていないから、
そういう発想に到達出来ない。
結果として、被害を受けた彼女の方が退職に追い込まれる。

 こういうことって、本当に多い。
泣き寝入りを強いられた女性達、どれくらいいるのだろう。

 私、こういう被害に合った女性達を救うために、
労働組合の持つ可能性を、労働組合が出来ることを伝えたい。
そんなことを思いながら、このシーンを見たのです。

 こんな出来事を物語の一場面で終わらしてちゃいけないんだよ、本当は。
電車に乗れないというトラウマを、月子が乗り越える、月子の課題にされるのはやっぱりヘンだと思う。

 先日、女性従業員にあまりにひどいセクハラ・パワハラを行っていた会社に抗議行動に行きました。被害にあった女性従業員は、辞めるために組合に加入しました。結果としてその職場を立ち去ることを選択しても、ただただ泣き寝入りして辞めていくのではなく、何が問題だったのかをきっちりと相手に突きつけ、取れるものをしっかり取って(されは謝罪であったり、未消化の有給休暇であったり、不払いの残業代だったり)辞めていく方法もあります。組合はそういう時にもチカラになれる。

 「あぁ、こういう時、労働組合に相談したらいいんだ!」そういう知識を広めていきたい。そんなこと考えながらあの映画を観たのは、私だけかなぁ~・・・(笑)

 そうそう、オカンが働く病院の先生役で登場する國村隼は、私の好きな役者さんです。
近くにいたら、お付き合いを申し込みたい。(笑)

     つばき

by bigcamellia814 | 2011-01-22 17:08 | cine(映画)

河瀬直美監督最新作・映画「玄牝(げんぴん)」のご紹介

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 数年前、フィリピン在住時代の友人を通して知り合った、マリさん。体はちっこいけど、海の女。出会った頃は引退していたけど、ダイバーだった彼女は周りの人を一気に明るく、優しい気持ちにさせてしまう元気いっぱいの女性。そんなマリさんから、河瀬直美監督の最新作「玄牝(げんぴん)」の紹介メールを頂きました。

 以下、彼女から届いたメールの内容と共に、「玄牝(げんぴん)」の紹介をさせて頂きます。

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 私が妊娠中に通っていた、愛知県岡崎市の「吉村医院」←(*1)を舞台にした河瀬直美監督←(*2)の最新作「玄牝(げんぴん)」というドキュメンタリー映画が11月6日から全国公開されます。

 スペインで公式上映された、サンセバスチャン国際映画祭にて、みごと国際批判家連盟賞を受賞され、審査委員長からも「男女問わず人間の深い部分に届く作品」と高く評価された素晴らしい作品ですので皆様にも是非、ご覧頂きたく、そのご案内です。

*1 吉村医院
自然分娩とは>院長の考えのもと、薬や医療機器など人工的な介入をせず、女性本来が持っている「産む力」を信じて産む「自然なお産」を行っている。院内に建つ江戸時代中期の古民家は、薪割りや板戸拭きなど昔ながらの労働や、一汁一菜の素朴な昼食をとる場として妊婦たちに開放し出産に向けて心と体作りの大切さを伝えている。

*2河瀬直美監督>映画『殯(もがり)の森』でカンヌ国際映画祭では日本人初のみならず女性初として功労賞が贈られた監督

 映画のテーマが「出産」だけに留まらず「命」につながっている事から、私もインタビューを受け少し映画に出させてもらっていたり、主役でも何でもありませんが、ポスターやチラシに娘が採用されてたり・・・。 詳しくは、公式HPをご覧ください。

 予告編(私もちょこっと出演)や劇場情報などもご覧頂けます。

 よしもとばななさんのコメントでは:「ふつうのドキュメンタリーではおそるおそる撮られている妊婦さんたちがここでは野生の獣みたいに美しい」と・・。

 また、雑誌「GINGER」11月号にて、女優・山田優さんと河瀬直美監督の対談が掲載され、山田優さんにも『玄牝』をご覧いただき、「不安感がなくなったというか、私も出産という奇跡をいつか経験したいって前向きな気持ちになれました」と語っていました。

 辛口だけど、本当に温かい仙人のような先生がいる一風変わった産院なだけに、色々な方が訪れますが、吉本多香美さんや青木さやかさんも産院を訪れた時同じような事をおっしゃってました。

 この映画をきっかけに、痛い、怖いといった出産へのイメージが変わるかもしれない。子供を産みたいと思うかもしれない。妊娠中、前向きな気持ちで心と体を鍛え、共感できる友を作り、子供を産んだら、子育ては色々あっても楽しいはず。そうしたら、今起きている悲しい虐待のNEWSはなくなるかもしれない。子供がいる事で行動が、世界が小さくなるどころか、世界が広がっていく。そんな夢を膨らませています。

 この映画にはスポンサーがついていない事から、私も、映画の自主的宣伝活動中で、映画のポスターやちらしなどを置いて頂いたりしています。もしご協力頂ける方は、是非お知らせください。

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 「吉村医院」のことは、ナチュラル系雑誌(Lingkaranとか天然生活とかね。)やテレビでもよく取り上げられているので、知っている方も多いはず。葵は、先生の講演を聴きに行っていました。

 コレを読んでくれている人の中には、産む性の人、そうじゃない人、これから産む人、産む選択をしない人、産みたいけど産めない人、いろんな人がいると思う。私もこのまま縁がなく産むという経験なく生きていくかもしれないけど、いろんな人に観て頂けたらなぁと思い、マリさんのメッセージと共にご紹介しました。

 劇場情報はこちら。http://www.genpin.net/theater.html
 
 ポスターのKちゃん、かわいい!

     つばき

by bigcamellia814 | 2010-11-03 00:12 | cine(映画)

ぐるりのこと。

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 平日に頂いたお休み。
今日は、やるべき事としたい事がバランスよく達成出来た1日でした。

 しめくくりは映画館。
橋口亮輔監督の『ぐるりのこと』を観てきました。
いやぁー、リリー・フランキー、良かったです。
声、話し方、そのリズム、間合い、ちょっと惚れました。

 子どもを失い、精神のバランスが保てなくなった妻が、
暴れだし、「きちんとできない・・・」と泣き崩れるそばで、寄り添い、言葉をかけるシーン。
徐々に落ち着き、心に安心が戻っていく様子が、手に取るように伝わるシーンでした。

 監督自身もうつ病に苦しんだ経験があるとのこと。
彼は、ゲイであることをカミングアウトしている。
彼がセクシュアルマイノリティである事と、彼が経験したうつ病が関係があるかどうかはわからないけれど、自分の周りにいるセクシュアルマイノリティで、メンタルヘルスの問題を抱えながら生きている友人たちの事を考えました。「ありのままに生きられない」状況は、心に大きな負荷を与えるでしょう。セクシュアルマイノリティゆえの「生きづらさ」、それは確実に存在しています。

 先日ある学会のお手伝いをした際、ソーシャルワーカーの仕事とは何かについて話されていました。国によってソーシャルワーカーに求められる仕事の領域は実に多様であるという事例として、アメリカのセクシュアルマイノリティの為のソーシャルワーカーの事が紹介されていました。その時、「あっ、次にワーカーやるなら、セクシュアルマイノリティの人達をサポートする仕事がいい!」と久々に強い気持ちが湧いたんだなぁ。でも日本じゃ、その領域でソーシャルワーカーとして働いている人自体がいるのか、いないのか、それが現状の様。
 私の人生の中で、大きな転機を与えてくれた人達。
その人達が、この社会の仕組みの中で、生きづらさを抱えているのであれば、
一緒に変えていく場所にいたいなぁと思うのです。


 「ぐるりのこと」
いい、映画です。特に、リリー・フランキー!

                                      つばき

 

by bigcamellia814 | 2008-06-24 23:25 | cine(映画)

それでもボクはやってない

 勤務先の大学で、周防正行監督を招き、『それでもボクはやってない』の上映会とトークセッションが法学部主催で行われた。「珍しく、イイ企画やんかー!」と思った私は、数週間前から、課長に「午後から仕事休んで、コレ行きたい!」とわめいていたが、「例の会議があるでしょ?」と諭され断念!絶対休めねぇ~!でもって当日の今日も、「あれ、お腹痛いよぉー!急にお腹痛くなったぁ、イタタタタタ・・・・」と腹痛に見舞われたふりをしてみたが相手にされず。

 公開前から「絶対見たい!」と思っていた映画だったのに、忙しくって結局見に行けないまま。その映画が見られるだけでなく、監督のお話まで聞けるというこの企画。どんな思いで作ったんだろう?聞いてみたいでしょ?以前の私なら、仕事よりももちろんこちらを優先してたわよ。

 「あぁ~、残念!」とぼやきながキャンパスを歩いていたら、学生の群れに混じり、前方から3人のオジ様方が。「あれ、この人見た事がある・・・」そう思って、凝視した中央の人物が周防監督だった。ホッソリとした方だという事は知っていたが、案外背が高く感じた。しかし、周囲の学生、全く気付かず、興味もなく。私は声こそかけそびれたが、「見たぞ、見たぞ~!周防監督見たぞ~!」とガッツポーズ。早速事務所に帰って課長に報告すると、「見れて良かったやん。」だって。でもね、冷静に考えたら、見たからってどーよ!って感じなのよね。やっぱり、あの映画を作った監督の思いを直に聞いてなんぼでしょ!

 周防監督のお話は聞けなかったけれど、映画は近いうちに必ず見なきゃね。

 そう言えば昨年10月、名古屋からの帰りの新幹線で、周防監督のお連れ合い・草刈民代さんを目撃した事があったなぁ。2人を結んだShall we dance?竹中直人見たさに、公開直後に見に行った私です。『それでもボクはやってない』にももちろん出演していますが、周防監督の映画に、竹中直人は欠かせません。

 これからもイイ作品を!期待しています!

                                      つばき

by bigcamellia814 | 2007-07-20 21:08 | cine(映画)

キム・ギドクの夜

a0038862_21402047.jpg 定時に仕事を上がれたのは久々の様な気がする。今日ははじめから、映画を見に行こうと決めていた。
 
 韓国の映画監督 キム・ギドクの新作『絶対の愛』。『うつせみ』という映画を見て以来、すっかり彼の作品が好きになった。Super KI-DUK MANDARAと題し、彼のデビュー当時の作品から新作に至るまで、いくつかの作品が2週間に渡り上映されていた。

 新作「絶対の愛」は、恋人が「いつか自分に飽きてしまうのではないか?」という不安から、整形手術をした女性が主人公。日本よりもかなり整形手術がお手軽な韓国らしいテーマを扱った映画だ。彼女が愛する恋人を演じるハ・ジョンウという役者さんは、誰かに似ていて、いったいそれが誰なのかよくわからないのだが、終始懐かしさを感じる、そんな演技を見せてくれた。

 キム・ギドクの映画を見終った時に生じる、切ないのに温かいという感覚。
自分とは明らかに異なる登場人物への共感。
今日もまた、そんな気持ちを体験した。

 今夜の劇場は新開地にある神戸アートビレッジセンター。映画館らしくないフロアに、50席ほどの椅子。シネコンの様な座席ではないので、座布団が敷いてある。今夜の観客は10人程度。こじんまりとキム・ギドクの映画を見る。

 ココで映画を見るのが好きだ。
一歩、外に出ると酔っ払いのオヤジ達。新開地だな・・・・・

                                   つばき

by bigcamellia814 | 2007-07-12 22:01 | cine(映画)

東京タワー

 葵と久々に映画を見に行く。
レイトショーで『東京タワー』を。

 同郷であるオダギリジョーに、岡山弁は絶対喋らせたくない、喋って欲しくないとずっーと思ってきてたけど、『東京タワー』を見て、彼の岡山弁を聞いてみたいと思った。
思ってるほど、悪くないんじゃないかと思えてきたのだ、
彼の博多弁というか筑豊弁というか、それを聞いて。

 『血と骨』では、確か広島弁を喋っていた。なかなか上手くて親近感を持ったけれど、彼が岡山出身ともなれば、そう難しい話でもなかったかな。

 とにかく彼のルックス、そして醸し出す雰囲気と岡山弁というのが、どうにもこうにもミスマッチで、多くのファンを残念がらせて欲しくと思ってきたのだが、
今夜は、彼の話す岡山弁を聞いてみたいと思ったんだなぁ。
うん、きっと、私が思っているほど悪くないはず。

 同じ世代のオダギリジョーが、
あの場所の、あの空気感を共有していることが、ちょっと嬉しい。

                                     つばき

by bigcamellia814 | 2007-05-09 00:54 | cine(映画)

心の準備

a0038862_22405732.jpg 定刻に仕事をあがり、今日は途中下車して久々に映画を見に行った。レンタルビデオでも良いのだが、映画館で映画を観るという行為からしばらく離れていると禁断症状に近い状態が訪れる。「今夜は2本立て!」のつもりで映画館に向かったが、やっぱり疲れそうなので1本だけ見る事に。

 私がよく行く映画館、シネリーブル神戸。この劇場の、この赤い絨毯の階段を下りる瞬間が好きだ。この階段を下りる時、どう言う訳か誰かと一緒になった事がない。いつもひとりでこの赤い階段を下りる。それが気持ちいい。そして、一瞬錯覚を起こす。映画の中でしか見たことがない様なワンシーンを思い描いて。

 
 日常とは違う、別の世界に行くための心の準備。
その為の赤い絨毯の階段。
 

by bigcamellia814 | 2006-10-18 23:40 | cine(映画)

うつせみ

 余韻が長引く映画を見た。
韓国映画、キム・ギドク監督作『うつせみ』

 ジャマイカから帰国した2月某日。成田空港からその足で新宿に向かい、カメラマンの友人に会った。明日から韓国に撮影に行くという。彼が以前からずっとしたがっていた雑誌『SWITCH』の仕事。

 2002年3月、私は8歳になる友達の子どもと2人で、8日間、韓国を旅した。下関から船に乗りプサンに到着した私達は、帰国の際もプサンから福岡に到着する船に乗った。出国手続きの為に並んでいる私達の後ろに、その彼は居た。その後、宛がわれた一室(と言っても、フロアがいくつかの空間に分かれており、人々はそこに雑魚寝している。)でも彼と一緒になり、かろうじて私の横のスペースが空いていたので彼に勧めたのがきっかけで話し始めた。
 彼は、韓国での8ヶ月間の語学留学を終え日本に帰るところだった。

 出会ってから4年。離れているのでめったに会わないし、めったに連絡もしないが、彼は私の重要な友達の一人になった。

 カメラマンとして独立したのはつい最近。以前から「ココの仕事をやってみたい!」そう思っていた『SWITCH』に自分を売り込みに言った帰り際、「あの、僕、韓国語話せますから。」そう言ってオフィスを後にした。そして、その後すぐに韓国での撮影を依頼された。その話を聞いて「ハッタリでも言っとくべきだねー。」「イイねぇー、そう!それイイねぇー!って被写体に言う時、韓国語でどういうのよっ?」なんて言って笑い合った。
 その時、彼がカメラに収めた被写体が、他でもなく映画監督キム・ギドクだった。(SWITCH
2006年4月号掲載)

 それまで、私はキム・ギドクという映画監督を知らなかった。もちろん作品を見た事もなかった。今回の『うつせみ』が私にとって初めてのキム・ギドクとの出会いになった。

 見終わった後の第一声。「参ったなぁ・・・。こんなの見せられっちゃ参っちゃうよ・・・。」

 温かくて、どっしりとした球体が心の中を埋めている、そんな感覚。久々です、せつなさを残した、この幸福な感じ。

 彼は、こんな作品を作る監督を写したんだなぁ。

                                つばき
 

 

by bigcamellia814 | 2006-06-17 19:09 | cine(映画)