自己参画・自己決定~恩師との再会~

 十年ぶりぐらいになるだろうか、久々に大学時代の恩師と再会した。
彼の講演会が勤務先の大学で行なわれ、情報保障の為にパソコンテイカーを派遣するという仕事を通しての再会だった。

 私達は、彼が大学教授になりたての2年目の時のゼミ生だった。
日本におけるノーマライゼーション研究の先駆者の一人である彼。
「知的障害者とセクシュアリティ」という彼の研究テーマは、当時少々衝撃的に受け止められていた。

 私達は彼を「先生」と呼んだこがない。
それは、本人が望んでいることでもあった。
なかには、彼のファーストネームを「君」づけで呼ぶ学生もいたが、
多くの学生は「さん」づけで呼んでいた。
本人がそう呼んでくれと言っているのに、他の教職員に「ちゃんと先生と呼びなさい。」と怒られてばかりの私達だった。

 研究室はいつもドアを空け、学生が誰でも自由に使えるように解放していた。そこに集まり語り合う学生達の会話を、彼は仕事をしながら背中で聞いていた。「知的障害者とセクシュアリティ」を研究テーマにしていた彼のゼミでは、自分の事を語る事、もう少し踏み込んで自分のセクシュアリティを語ることを大切にしていた。オープンにした研究室で繰り広げられる学生達の会話は廊下に漏れ、彼は「学生達に研究室を解放するな。」と他の教授達の槍玉にいつもあげられていた。

 大学3年の時、実習のため2週間滞在した知的障害者の入所施設では、「お前らのゼミの教授は、スウェーデンの影響を受けて、施設解体とか言ってるらしいが、それが日本で実現する訳がない。」とそこの古株の職員にたっぷり嫌味を言われたものだ。でも今、実現にはまだまだ程遠いけれど、それはまるで非現実的なことではなくなってきている。

 あるゼミ生が、知的障害者の入所施設の実習に行った時のことだった。入浴介助の際、本人も裸になって入浴介助をしたということが大問題になった。ほとんどの場合、入浴介助する時の職員はTシャツに半パンだろうが、知的に障害はあれど全面的な身体介助が必要な訳ではない彼らには、体の洗い方を分かりやすく伝えることが必要なのでは?と考え、一緒に風呂に入りながら伝えるという方法を取ったらしい。ふりチンで介助する実習生の姿に施設側は驚愕したのであろう。そんな実習生をゼミ生に持つ彼は、この一件でずいぶん他の教授達から攻撃されたが、それでも、ゼミ生のその行動を嬉しく受け止めている様子だった。少なくともそのゼミ生は「当事者の立場に立つ」という視点から、自分で考え、堂々とその思いを行動に移したのだから。

 学生時代、彼に「大学教授の醍醐味はなんですか?」と尋ねたことがある。現場で働いていた彼が、大学教授という第2の仕事を選んだ理由に興味があった。すると彼は、「多くの学生達が僕の話を聞いてくれている。全員には届かないかもしれない。しかし、その中で1人でも2人でも、僕の伝えようとしている事に心を留め、受け継いいってくれる人と出会えたらいいと思う。大学教授はそれが出来る仕事だと思う。」と話してくれた。

 私は、その学生の一人になれているだろうか?
思い返せば、私は彼にずいぶん期待も手間もかけてもらった学生だった。たぶん、他の学生以上に。今までの不義理を恥ずかしく思いながら、私は彼の存在から何を教えられたのだろうと考えてみた。

 「先生」と呼ばないで欲しいという一点からも理解出来るように、彼は相手がどんな人であれ対等な関係を築くということを「努力」している人だった。この世の中には、そういう事を軽々と出来る人が稀にいる。けれども、彼はそうではなかった。その葛藤する姿が、一見しなやかな動きの中に垣間見られ、人間らしいなと思ったものだ。自分の望むと望まざるとに関わらず、無意識のうちに権力を持つ側に立つことがある。注意深くいなければ、自分は容易にその権力を持てる側にいるんだということに意識的な人だった。私が彼から学んだことは、そのことだと思う。支援者である私達に内在する、根深い欲望に向き合い続けることの大切さを、その姿から教えてくれたように思う。

 還暦を迎えた彼は、定年までもう数年。
「残りの時間で何を学生達に伝えたいですか?」と尋ねると、
すかさず「当事者の自己参画・自己決定」とひとこと。
変わってない。ずっと、変わってない。
相変わらず、それを伝え続けているのか!
伝え続けても変わらない状況があるとは言え、そのぶれなさに頭が下がる思いだった。

 「僕はもう、墓場に片足入ってますよー。」と言っていた彼。
役不足は十分承知ですが、
彼が伝え続けてきたことの一端でも担える存在になりたいな。

                         つばき

by bigcamellia814 | 2009-11-29 12:56 | TSUBAKIng Times

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