『働く』ことと向き合いながら

 現在の仕事は、1年ごとの更新で最長4年まで。
来年度3月末を持って契約期間が終了となる。
つまり、雇い止めになり、私は失業するということである。
障害学生支援という業務をあらかじめ4年という有期雇用にすること、業務を引き続き継続するにも関わらず、数年ごとに人だけ入れ替える人事政策に疑問を感じた私は、職場外の労働組合に加入し(勤務先の職組は非常勤職員の加入不可)、3月から雇用先と団体交渉を行なっている。2回の団交を経て、一方的に「団交打ち切り」を申し渡された今、不当労働行為救済申立を行なっている段階である。

 貧困問題が浮き彫りになった昨今、数年前に比べ労組や労働運動のイメージは格段に変わったとは思うが、それでも私が団交を決断した時、「やめた方が賢明だ。」と言った人が大半だった。でも今思うのは、労組に入らなければ、私は理事会のトップ達とさしで話をし、私の言葉で思いを伝える、その場すら持つことは出来なかったのだ。そして、まだ結果は出ていないにしろ、ここまで進めてくる知恵も技術も根性も私にはなかった。私を支えてくださっている労組の方々は、今、私が最も感謝している人達だ。

 しかしながら、労働運動をしながらも私はどこか違和感がある。「労働組合という組織そのものに」であるとか、「そのやり方に」とか言う訳ではない。むしろ、労働組合が機能する様な「組織」で自分が働いていることへの違和感なのではないかと思い当たった。

 私の家庭は代々自営業で、サラリーマン家庭ではなかった。
成功したものもあれば、失敗したものもあると思うが、父の思い付きが我が家の仕事となり、収入源となる。とにかく「仕事は自分で作り出す」という親のもとに生まれたのだ。
 そして現在私の周りには、カメラマンとか役者とか、ヨガの先生とか1人で屋台をやっているとか、とにかく自分の体1つフリーランスで生きている友人が結構いる。自分の体1つで渡り歩いている人達だ。この人達には「労働組合」という、そういう存在すら思い浮かばないのではないだろうか?

 そういった人達と今の自分を比べた時、「おい、いいのか?今みたいに、誰かに雇われてるまんまでいいのか?そろそろ、自分でなんかする時だろ?」「団交なんてやって、まだどっかに雇われたまんまで生きてくのかよ?守りに入りたいんじゃねぇの?そろそろ自分で何か生み出せよ!」と問いかける自分がいるのだ。

 安定した労働環境の中で働きたいと思うのは当たり前の事だと思う。けれども、こんな問いが自分の中から沸き起こるのは、ひとえに我が両親と、そしてフリーランスで生きている様々な友人が与えてくれる刺激のおかげだろう。

 多分、雇用先は「失業したくないからゴネてるのだろう。」と私のことを面倒臭く思っていることだろう。確かに、仕事がなくなるのが怖くないと言ったらウソになる。でも、既に何度か失業経験のある私は、「何でもやって生きていけるかぁ!」と言う自信もない訳ではない。

 それより、私は好きなこの仕事を失った時、「それでも私は私だ!」と自分を保っていられるだろうか?肩書きを失い、新しい場所で新しい仕事を始める時、過去にしがみつかず、謙虚な姿勢で新しい仕事に向き合える、そんな自分でいられるだろうか?・・・その事がちょっと怖い。

 いつか、私は自分が漠然と思い描いていることを形にしたい。
だから、幸い今の職場で継続雇用という結果が出たとしても、その先には、何か自分で生み出した仕事をしたいと考えている。

 しかし、人をケアする仕事に携わる者が安く買い叩かれ、使い捨てが可能だと思われているこの状況に、私は私のいる場所から、きちんと意思表示をしておきたい。福祉という仕事を、女が家庭の中で無償でやってきた延長線上に落とし込めるのはいい加減やめろと言いたい。ケアする人達の生活が不安定であれば、それは、その人のサポートを必要とする子どもや高齢者や障害者達、そしてその家族の生活をも不安定にさせ、圧迫する。私はそう考える。それがわかっていながら、きちんと意思表示をしないのは、ソーシャルワーカーという道を選んだ者として、ちゃんと仕事をしているとは言えないんじゃないか?そう思い至った結果が、団体交渉という運動につながった。

 福祉職に従事していると言うだけで「立派な仕事をしてるわねぇー。」と称賛されることしばしば。しかし「称賛の言葉」より、「具体的な待遇改善」「額面に表れる評価」を私は希望する。その方が、志のあるワーカーを確実に育てていけることが出来ると思うからだ。お金の事を言うのはやらしいだろうか?しかし、人並みの未来を思い描くことも難しい人達が多いこの業界では、率直にそこを語る事が重要だ。

 「君の時には、変わらないかもしれない。
でも、次の人の時には変わるかもしれない。
それが、労働運動だよ。」
その一言を労組の方に言われ、私は団交を決断した。
私の中にある「社会を変えたい」という気持ちが疼いた瞬間だった。

 動かなきゃ、変わるもんも変わらない。
言いたい事は自分で言う。
やるだけやったら、結果がどうであれ、自分をこれからも信じていけると思う。

                      つばき
 

by bigcamellia814 | 2009-10-22 21:31 | TSUBAKIng Times

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