その声を国宝に決めたのだ!

 5月2日に逝っちゃった忌野清志郎について、みんながそれぞれの清志郎を語るのだろう。ついでに私も。

 忌野清志郎の訃報を知り、
高校時代のある教師のことを思い出した。

 高1の時、現国の授業を担当していた先生は、
大学を出たばかりの若い女性だった。
文学好きの少女がそのまま大人になったような彼女は、
どこか浮世離れした雰囲気で、正直なところ頼りなく、
やんちゃなクラスメイトにからかわれては教壇の上で戸惑っていた。

 その経緯は忘れたが、ある日の授業で、
自身がRCサクセションの大ファンであること、
そして忌野清志郎が書く詩の世界がいかに魅力的か、
熱弁し始めた時の彼女の姿が今でも忘れられない。

 授業を終え、「忌野清志郎、カッコイイと思う。」と伝えた私に、
数日後彼女は、当時、反原発を歌い発禁になるという騒動を巻き起こした「カバーズ」というアルバムをテープに吹き込んでプレゼントしてくれた。

 それから時々、その先生と文通をする様になった。
提出物の間に挟んで。
でも、先生の姿形は覚えているのに、名前がどうにも思い出せない。
相変わらず、あんな調子で生きてたら楽しいのに。

 こんな風に、きっと多くのファンが、
彼の歌と共に大切な思い出があるんだろうなぁ。

 大袈裟なモノが大好きだから、
ステージに立つ時の、あの凄まじく派手なファッションが好き。

 そして、唯一無二のあの歌声。
私がそれを決められるなら、「国宝にしたい!」と長年思ってまいりました。

 私が彼の生み出す音楽に強烈に感じてきたモノ。
矛盾も憤りもない交ぜのこの世界。
そこに存在するあらゆるものへの狂おしさと愛おしさ。

 私のsweet song No1は、中学1年の時から「雨上がりの夜空」だ。
「うん?これはオンナとヤリたい歌ではないか?」と気付いた13歳の私。
恥ずかしさと、ちょっとした嫌悪感と、
しかし、どうしても「こんな夜にお前に乗れないなんてぇ!」と叫びたくて、
繰り返し、繰り返し聞いていた。

 ある友人は、「貴重なバカを失ったヨォ~。」と言った。
そう、60代でも70代でも、あのつっき抜け方で歌う清志郎を見てみたかったなぁ。

 音楽も、歌われる歌詞も、ファッションも、
ステージを降りた時のあの朴訥とした喋りも、
何かと私にとってsweetな人でした。
人生で1度だけ、たった1度だけだけど、
ホンモノの彼に会えた私はシアワセです。

                        つばき

by bigcamellia814 | 2009-05-21 14:49 | TSUBAKIng Times

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