またデキちゃったよぉ・・・・

 フィリピン人の友人がまた妊娠した。また!まただ・・・
普通ならばココで「おめでとう」と喜びの言葉をかけるのだろうが、まるでそんな気にもなれない。妊娠した経緯が「なんでまた、そんなことに・・・」とガックリくる様な内容だったから尚更という事もあるが、安定した仕事もなく、既に4人の子どもを抱えたシングルマザーの彼女が、あらたに子どもを産み育てる事を考えると、決して楽観的な気持ちでは受け止められない。

 貧困の問題を、ある一面からのみ語ることは不可能であると理解しているが、フィリピンが貧困問題から脱却する為には、『女性解放』なくしてあり得ないのではないかと考えてきた。

 アロヨ大統領に代表される様に、フィリピンでは様々な組織のリーダーが女性であることが多い。確かにそういう点では、よっぽど日本より解放されているのではないかと思う。元来フィリピン人女性は働き者だ。本当によく働く。

 しかし、私の住んでいた村でもそうだったが、なんと子どもの多いことか!
一家に4人や5人、少し前の世代なら7人や8人の子どもなんて当たり前だ。賑やかな子ども達の遊び声が村中に響き渡る様子は、私の大好きな光景ではあったが、こちらが日本人であることをふまえた上で、子どもをだしにあまりに貧しさを強調される様な場面では、「あのねぇ、日本人でも7人も8人も子どもを産んでたらビンボーになるんですぅ。それがイヤなら、作る前に考えようよぉ。避妊しなきゃ、子どもは出来るだよ。」と心の中で思っていた。
 はなから結婚する気のない男や既婚者の男との間に子どもが出来、シングルマザーになった女性、その様な経緯ゆえに生まれても全く育てる気のない女性(しかし、ココがフィリピンのいいところで、母親が養育放棄をしても、家族やご近所さんが総出で子育てをしてくれるから、なんとか子どもは育つことは育つ。)、少なからずその様な女性を目の当たりにし、やるせない気持ちになることがしばしばあった。でもって、「支援してください。」と言われても、「いや、その前にあなた達で出来る事があったでしょう?」と言いたくなる。

 子どもをたくさん産む理由のひとつに、「労働力」という問題があるが、しかし、仕事がなかなかないフィリピンで、子ども1人を産み育てることにかかるコストと、その子が稼げる給料を比較したら、さほど「労働力」という目的は達成されないのではないだろうかと考える。

 貧困状況に拍車がかかるとわかっていながら、なぜか妊娠を繰り返すフィリピンの女性(もちろん、全ての人がそうではないが)を見ていると、産む・産まない、いやそれ以前にセックスをする・しないという場面において、まるでリーダーシップを手放し、委ねてしまっている感じがしてならない。それに腹立たしささえ覚えるのだ。

 これは多分にカソリックの影響を受けた結果ではないかと考える。
避妊も、中絶もダメ。性について語り合う事も出来ない。

 フィリピンを支援している団体は日本にもたくさんあるが、私がもしも何らかの形でフィリピンを支援するとしたら、「女性解放」をキーワードにしたい。それは、今現在起っている貧困状況を目覚ましく変化させる方向性ではないかもしれないけれど、彼女達が、国家や宗教や男達の呪縛から逃れ、自分達のリプロダクティブヘルスライツを取り戻すことが出来たら、確かにフィリピンは変わっていくのではないか・・・・そんな風に考える。

 まぁ、そんな単純な話ではないんだろうけど。
しかし、とりあえず!友人にはそれが必要!
男の思うままになるな!あなたが決めろ!

                                    つばき

by bigcamellia814 | 2008-10-29 23:13 | TSUBAKIng Times

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