あんな風になりたい。

 突然のお客さんは、定時制高校の先生だった。
現在、兵庫県下には29校の定時制高校が存在する。
そこで学ぶ障害者の、就職先の開拓に奔走している方だった。
また、阪神淡路大震災で被災し、障害をもつ事になった人々が集まる場所を作り、
彼らの決して平坦ではなかったこの13年間を、そしてこれからを、
伝えていこうとしている方だった。

 私が前職で関わっていた利用者さんが、たまたまその先生の教え子だったとわかり、
急に親近感が湧いて話は尽きず、気付けばあっという間に1時間半経っていた。

 先生の話を聞きながら、泣きたくなったのはなぜだろう?
職場では我慢したけれど、最寄の駅から自宅までの数分間、
「あんな風に、私もなれるかなぁ・・・・」と言いながら、涙が止まらなくなった。

 先生は来年で定年だそうだ。
年齢を感じさせない、スラリと引き締まった体は、ひとつでも障害者を雇用する会社を開拓しようと、足を使い、地道に、しかし情熱を持って働きかけている証ではないかと感じた。

 民間企業、国、地方公共団体は、「障害者の雇用の促進等に関する法律」に基づき、法定雇用率に相当する数以上の身体障害者又は知的障害者を雇用しなければならないこととされている。例えば一般企業なら、1.8%。葵も、彼女の会社の法定雇用率を満たす1人である。しかし、現実はそう簡単ではない。障害者を雇用することに積極的な会社はまだまだ少ない。雇用しても離職率の高さが問題になる会社もある。入った先で、それぞれに適したサポートがなければ、やはり続けていく 事が困難な状況に置かれがちなのが障害者だ。
 採用されやすい障害種別は1・身体障害者、2・知的障害者。そして精神障害者、発達障害者の採用は非常に厳しい状況にあると先生は話してくれた。

 障害者を雇用する会社を増やすために、先生は地道に企業に足を運ぶ。
まずは、その企業といかに距離を縮め、信頼関係を築くかだと先生は言う。
出来ないことを伝えるのでなく、出来る事を伝える。
伝わらない時は、障害を持つ生徒達と直に関わり、彼らの能力を体感してもらう。
採用が決まった後も、企業にお任せにしない。
家族、教師、ソーシャルワーカーがバックアップする体制を用意しておく。

 「現場でね、あっち行ったり、こっち行ったり、そればっかりしてるんですわー。」と先生は自嘲気味にそう言った。60歳前後であろうこのオジさんは、ふんぞり返ることもなく、毎日あくせくと生徒の為に汗を流すのだ。生徒の為に時に怒り、時に闘い。

 「そういう事が一番大事だと思います。
何か大きな事を形にするよりも、目の前の人が今、必要としている事に奔走する、
そういうことが出来る人って本当に必要だと思うんです。」と私は伝える。

 「あんな風に、私もなれるかなぁ・・・・」と涙が出たのは、彼のとても地道な働きに心打たれたからだ。私が今の彼の年齢になった時、あんな風にあくせく出来るだろうかと思いながら。

 神戸に本社を置くある会社の話をしてくれた。
その会社は、重度の精神障害者を雇用している。
毎朝5分、面談の時間を取るそうだ。
用紙には、いくつかの「気持ちの状態」が書かれている。
1・めっちゃ元気
2・まあまあ 普通
3・元気ない
って感じだろうか。実物を見ている訳ではないのでわからないけど。
障害をもつその人は、その日の気持ちにあう項目に○をつける。
そして、上司はそれをきっかけに、その人のその日の心の状態に耳を傾ける。

 単に法定雇用率を満たせば良いと思っている会社なら、こんなことまでしないだろう。

 障害者か障害者でないかに関わらず、気持ちを聞きあう時間があれば、こんなにうつ病に悩む人もいないだろうと考えた。

 先生と話した1時間半。
突然の先生の登場は、貴重な時間を私にプレゼントしてくれた。
地道に、地道に。
そこに迷いのない人になりたい。

                                        つばき



 

by bigcamellia814 | 2008-07-15 21:35 | TSUBAKIng Times

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