人とのつながりの不思議、そして今日の感激

a0038862_2115630.jpg 名前だけを頼りに、友人が入院していると言う精神科の病院をネットで調べたら、数日前に知り合った方のご親族がなさっている病院で、その方との出会いがこんな風なつながり方をするのかと不思議な気持ちになった。
 
 友人がその病院に入院している事は、今年の夏に聞いた。直接、その友人の父親から。あまりにひどい乖離状態で、家族も手のほどこしようがなく入院という選択をしたと言う。
 
 いつもその子の事が心の中にあったのに、この数ヶ月、私は何も出来ずに過ごした。ただ、その友人から貰った最後の手紙の事はどーしても忘れられなかった。千代紙に書かれた少々稚拙な字。短い手紙だったけれど、その中で何度彼女は私に「ごめんね。」と綴っていただろう。私は、彼女に「ごめんね。」と謝られなければならない事をされた事は一度もない。少なくとも私はそう思っている。けれども、彼女にはそう思えないのだ。

 もう一度、一緒に過ごしていた時間が楽しかった事を伝えたいと思った。確かにあなたの人生は本当にハチャメチャだけど、でも、好きだよと。あなたが何よりも自分を愛して生きたいと、力強く思っている事を私はわかっている。今、手紙を書きたい、そんな気持ちになっている。

 その病院の院長がHPに書いていた言葉。
『月に1度、仕事の上で感激を持てなかったら、自分の仕事に流されていると思うこと』

 これは別に福祉職・医療職に就く人に限らず、どんな職業に就いている人にも言える事だと思うが、ふと省みて、今日はそんな一瞬があった事に喜びを感じた。

 近々、ある学部の職員を対象に、障害学生支援に関する研修を行なう予定で、今日、担当者との打ち合わせを行なった。「そちらの学部は対象となる障害学生がいませんが、なぜ、このテーマを取り上げようと思ってくださったんですか?」という私の質問に、このテーマを提案してくれたという担当者の彼は、学生時代4年間、ボランティアとして障害者と関わってきた経験を話し始めてくれた。物静かな印象を与えるその方が、特に知的障害者との出会いについて話してくれた時、私に向けられた瞳も、言葉も、気持ちも実に真っ直ぐで、少々潤んだその目が本当にキレイだった。「勝手な事を言っていると思われるかもしれませんが、知的障害者の方と波長が合いませんか?なぜなら、『待つ』って事が出来そうな方ですもん。」と私は付け加えた。そういう思いのある方から仕事を依頼されたんだなと思うと光栄だった。いい時間にしたいなぁ。

 今日の感激は、その方のキレイな瞳を見れた事。
「うわぁー、この人の瞳、なんてキレイなんだぁ!」と思えた事。

                                       つばき

by bigcamellia814 | 2007-12-03 21:44 | TSUBAKIng Times

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