鈍痛の記憶

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 もう終わりかもしれないと思ったが、
3年経った今でも私は生きている。

 一夜明け、3月12日を迎えた朝、
胃の底が冷え、ギュウィーンと掴まれた様な鈍痛を感じ、
この不安がいつ迄続くのだろうかと途方にくれた時を忘れないでいたい。
鈍痛は収まったが、危険な状況は、3年経った今も続いている。
恐怖に慣れすぎた3年だった。
もう、余程のことじゃないと驚かなくなっている。

 3.11から、明らかに世の中の動きがおかしくなった。
ずいぶん恐ろしいところまで来てしまった気がする。
しかし、労働組合という場所で働いていたのも良かったのだろう、
その動きを敏感に捉え、行動出来る場所にいた。

 昔はどんな気持ちで生きていたのかなぁと考える。
ほんの3年ほどまえのこと。
ここまで、世の中の動きに敏感でもなければ、
不安も感じていなかったことは思い出す。
自分がどう生きていくか、
考える多くの時間は、自分のことに向けられていた。

 10代の頃から、ちょっとだけ想像していたその現実を、
生きているだけの様な気もする。
チェルノブイリやイラク戦争があった中学、高校時代、
「私の未来は、原発事故や戦争で死ぬのかもしれないなぁ」
と確かに考えていた。
ボンヤリとだけど、
世界にはそういう形で犠牲になる人達が事実存在していて、
私がその犠牲の対象にならないという保障はないだろうと思ったのだ。
そんなボンヤリとした想像が本当になったんだ、
本当になりそうなんだという、今を生きている。

 子どもはいないが、
若い人たちが死の不安に怯えないですむ時代を生きてほしい。
今の子どもたちは、私が10代の時に感じた死の恐怖とは比較にならないほどの不安の中で生きていると思うから。

 「全てが終わるかもしれない」と、
しばらく続いたあの鈍痛を記憶に刻み、
これからイキイキと生きる若い人たちのために、
大人としての役割は果たしていきたい。

 だからみんな、
声をあげること、立ち上がること、
時として闘うことを恐れないで。

by bigcamellia814 | 2014-03-12 12:43 | TSUBAKIng Times

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