情熱の継承

 2004年、1年半の海外滞在を終え、帰国。
神戸に住み始めた。人生で最もお金が無かった時のこと。
そんな時、私を雇ってくれたNPOの専務理事が亡くなられ、葬儀に出席してきた。

 私は人生で初めて、その職場で「正職員」として採用され、
遅咲きながら、いわゆる「就職」を果たした。
収入を得るようになり、貯金数万円の生活から脱出。
徐々に生活を軌道に乗せた。
本当にお金がなかったから、
初任給が出た時は、今までの節約生活の憂さを晴らすかのように、
ハーゲンダッツを全種類オトナ買いし、友達に振舞った。

 新しい土地で、新たな人間関係も生まれた。
職場の人たちは、公私を越えて、私や葵の生活を支えてくれた。
「障害のあるルームメイトとの暮らしを大事にしながら暮らせれる、そういう働き方をしたい」という私の言い分を理解してくれたのは、
そこが地域で暮らす障害者を支援するNPOだったからだろう。
エレベーターが止まって、葵が階下に降りれなくなった時、
職場のみんなが救出に来てくれた。それも1度や2度じゃない。

 仕事では、長田を中心に、地域で暮らす障害者の介助に携わった。
障害のある子どもたちの放課後、長期休暇中の預かりにも携わった。
生活とはこんな風にドロくさく、ままならないのだということを、五感の全てを使って実感させられた。この街で生きる障害者の生活そのものに関っていくことを通して、この街が、新たな私の街として根付いていった。

 この街で暮らしていくために必要な基盤を、私に与えてくれた職場だった。

 1年半働いて、私はその職場を退職し、転職した。
亡くなった専務理事は、退職直前の私を飲みに誘い、彼が書いた本をプレゼントしてくれ、私に期待していた気持ちを明かしながら、しかし気持ちよく送り出してくれた。

 彼は、若い頃から、障害者が当たり前に地域で暮らす社会を目指し、運動してきた活動家だった。1994年1月17日、阪神淡路大震災が起った後、彼は今まで培った経験とネットワークをフルに活かし、被災した障害者の救援活動の拠点を作った。そこが後に私が勤めることになるNPOの前身だ。

 葬儀には、震災ボランティアとして神戸にやって来て、そのままこの土地に根付き、その後NPOで働いていた元同僚や、多くの障害者たちが出席していた。阪神淡路大震災を共に生き延び、共に再生の道を築いてきた同志たちが式場には集っていた。お焼香の時、電動車いすの方々がズラリと列を作った様子はとても象徴的だった。

 葬儀場に向かうタクシーの中で、友人が昨夜のお通夜の話をしていた。
「昨日なぁ、Fさん(脳性まひの男性、亡くなった彼の同志)お通夜に来てな、お棺蹴ってたんで」と言う。それを聞いていた別の男性が、「付随運動ちゃうんかぁ?」とすかさず、さらりと「障害者あるある」ネタで切り返す様子に、悲しいのに何だか笑えてくる。Fさんはわざと蹴ったのかもしれないし、単なる付随運動だったかもしれないけど、どっちにしろ、「アホかっ!お前!はよ、死にすぎやっ!」と思ったことに間違いはないだろう。
 Sさんという重度の障害者も、棺の中に居る彼に向かって、「障害者の俺より先に死ぬな!」と怒っていたそうだ。
 二人とも、「兵庫青い芝の会」のメンバーとして、亡くなった彼と共に、障害者が地域で暮らせる社会を目指し闘ってきた同志だった。

 日本脳性マヒ者協会 全国青い芝の会の5つ行動綱領は、今もってすごい迫力で迫ってくる。

一、我らは、自らが脳性マヒ者であることを自覚する。
一、我らは、強烈な自己主張を行なう。
一、我らは、愛と正義を否定する。
一、我らは、健全者文明を否定する。
一、我らは、問題解決の路を選ばない。

 一、我らは、問題解決の路を選ばない、の後にはこんな言葉が続いている。
『私たち脳性マヒ者は、自己主張することなく簡単に問題を解決しようとすることが、私たちの置かれている社会的立場を容認する危険な妥協への出発であることを身をもって知ってきた』
冒頭の「私たち脳性マヒ者は」の部分を、「私たち有期雇用労働者は」と置き換えて、この言葉を私は自分の血肉にする。

 「青い芝の会」の闘いを体験した人が、またひとり逝った。
闘いの歴史を、その渦中にいた人たちから、直接聞ける場所にいた自分の環境を、改めて恵まれていたのだと感じている。そして、もうバトンを渡される年齢になってきたのだと、たじろぐ。阪神淡路大震災後、彼らが障害者の救援拠点を作った頃の年齢に、私たちも近づきつつある。「私たちに、あんなこと出来るやろか?」と友達と顔を見合わせつぶやき、しかし、小さく覚悟を決める。

 さて、良いことばかり書いたが、実のところ、飲んだくれで、ヘビースモーカーで、いかにも昔の活動家って感じのオヤジで、若い人からうっとうしがられていた彼。でも、ダメな部分も隠すことなく、大の大人の男が生きてる様が、私にはオモシロかったんだなぁ。

 ありがとう。
あなたの情熱は、みんなで分担して引き継ぎます。

      つばき

by bigcamellia814 | 2012-07-11 01:05 | TSUBAKIng Times

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