インドへ

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さぁ、これから私はインドに向かいます!
3.11以降、大量の情報にさらされ、
飽和状態の自分を空っぽにしに行っていきます。

しんどい1年でした。
きっと、この国に住む誰にとっても、しんどい1年だっただろうけど。
食べる、眠る、身体をいたわる。
そういう生活のひとつひとつを、ないがしろにして暮らした1年でした。
大きな病気もせず1年持ちこたえたのが不思議なほど。
年の瀬を迎え、今は、もう息絶え絶えです。苦しい。

13歳の時、チェルノブイリ原発事故が起こり、
高校生の時にイラク戦争がありました。
その時からボンヤリと、私の死は、原発事故や核戦争によってもたらされるのかもしれないと考えることがありました。放射能に汚染された街の中で、じわじわと被爆し、ひたひたと死んでいくのだと。

3月12日、それが本当になりました。
福島第一原発が爆発する様子をニュースで見、私はとても冷静な気持ちになりました。
いよいよ来たと覚悟しながら、死ぬにしても生き延びるにしても、本当のことを教えて欲しいと思いました。

でも、私たちが知ったことは、この国の政治や報道は、なかなか真実を語らないということ、ごまかすこと、情報操作されているということ、そして人の命を守らないということでした。

5月には、大阪府労働委員会に申立ていた、不当労働行為救済申立の命令が出されました。結果は、全面棄却でした。不十分な調査によって書かれた中途半端な内容の命令書を読み、この程度にしか扱われない有期雇用問題に向き合うことに虚しさを覚えました。しばらくふてくされて暮らしました。しかし、中労委に再審査を申立て、私のたたかいは今も続いています。

そして5月頃から大阪の雲行きは怪しくなりました。「君が代」起立条例が可決されたり、「教育基本条例案」なるものが大阪維新の会から提案されたり、W選で橋下徹氏が大阪市長に当選したり。今争議を継続しながら、公立学校で働く教職員が多く加入する労働組合で働いている私は、この動きとの攻防戦に明け暮れた数ヶ月でした。そしてそれは、これからも続きます。

原発、橋下のダブルパンチは、ずいぶん私を疲弊させました。
住む場所がどんどんなくなって来ている。
ますます息苦しい場所になっている。
私はそれを、手に取るように感じています。
とても息苦しい。最近、上手く呼吸が出来ません。

だから少しだけ、ここを離れて、ゆっくり呼吸をしてきます。
のびのびと、ゆるりと。
そもそも私は自由なの。
強制を強いられる街から、いつでも飛び出せる瞬発力があることを、
私よ、確認しろ。

この1年、私を支えてくれた全ての人たちに感謝を。
呼吸を整えて、
来年もまた、生きていきます。

よい、お年を。
少しでも、みんなが不安から解放されますように。

つばき

by bigcamellia814 | 2011-12-24 05:32 | TSUBAKIng Times

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